ベッドに座り込み、床の一点を見詰めていた蓮はシャワーの音に我に返った。
買い求めた洋服に盛大に文句を付けられた事を誤魔化す為にバスルームへと逃げた蓮は、着替えを持って入らなかった。
バスローブが備え付けてあって良かったと思う。
そうでなければバスタオル姿で出てくる破目になっただろう。
それでもいいが、その後はどこで着替えろというのだろうか。
カインならわざわざ着替えを持ってバスルームに戻ったりはしないだろう。
蓮とて人前で着替える事は平気だが、相手がキョーコとなれば話は別だ。
まあ……いきなりシャワーカーテンを開けられて裸は見られているから、今更だけど。
あれは驚いた。
驚きすぎて咄嗟に出たのがよりにもよって「一緒に入る?」の一言だった。
ぜひ、と返されたのは意外だったが、顔を見れば張り付いたような営業スマイルだったから彼女もそれなりに驚いたんだろう。
寝ているかと思って、って彼女の中でカインはどんな風にイメージされているのか。
自分の取った行動のアレとかコレとかを思い出して蓮は地味にヘコんだ。
そんな事を思いながらのそのそと着替えていたが、ハタと気付いた。
「洋服……置いたままだ」
カインとして行動したらそれで間違ってはいない。
しかし、置きっぱなしの服を見て彼女はどう思うのか。
洗濯……するよな。
バスルームからはシャワーの音がする。
女性の入浴時間はえてして長い。
さっと取りに入って「服を持っていくぞ」と声をかければいいだろう。
そう考えて蓮はランドリーバッグを手に取った。
鍵がかかっていたらその時だ。その時は彼女が出てきてからでいいだろう。
「洗濯までする必要はないんだから……」
世話焼きが身についている彼女はセツカというブラコン設定も相まって、きっと頼んでもいないことをするだろう。
そこまでさせる気はない。
ドアノブを回せば予想通り鍵はかかっていなかった。
幾度目かの倦怠感がどっと押し寄せてきて、蓮はへたり込みそうになる。
危機感持とうよ最上さん。
セツカは鍵を掛けないだろうけど、ここにいるのは赤の他人の男なんだから。
役に入っているからとかそういうレベルじゃないよ、これ。
何から指摘すればいいのか………。
はぁ~と溜息を吐いて蓮はドアを開けた───。
それはほぼ同時だった。
間が悪いとか悪くないとかというレベルではない。
正しく『神の悪戯であり災い』だった。
ドアを開け、蓮が一歩踏み出したと同時にシャワーカーテンが景気良く引かれた。
刹那、見詰め合う男と女。
我に返って仮面を貼り付けたのはまたしても蓮が先だった。
「なんだ。もういいのか? ちゃんと髪は洗ったか?」
視線を脱ぎ捨てた服へと向け、ランドリーバッグに無造作に突っ込む。
コートを腕に掛け、するすると引かれたカーテンへと向かって「ちゃんと暖まれよ。風邪を引くぞ」と言い捨てて何事も無かったかのように出て行く。
パタン、という音を耳にした途端、蓮はその場にくず折れた。
しまったぁぁぁぁぁぁ。
見るつもりはなかったんだ!
まさかあそこで出てくるなんて思いもしなかったんだ。
不自然じゃないよな。
カインとしては普通だったよな。
あ、でももう少し見たか……ってそうじゃなくて!
だって鍵がかかってないから。
っていうか、最上さん、シャワー止めてからカーテン開けるの早くないか!?
というか、勢いありすぎだろ。
いや、まあ……そのおかげで見れたんだけど、って違ぁう!!!
あー。でもカタチ良かったよな。
うん。
おわん型だし。
B……だよな。
Bかぁ。うん。B。
いいよな、B。
手に収まる感じが丁度いいし。
掌サイズだし。
寝ても流れないし……。
ウエストのラインも綺麗だったよな。
テンさんが腰履きのマイクロミニにしたのも解るな。
…………………………。
そんなに見てないから!
もっと見たかったけどって、そこじゃないだろう、俺!
俺も見られたからおあいこって訳には………いかないよな。
っていうか、どんな顔すればいいんだよ。
のたうち回らんばかりに苦悶する抱かれたい男ナンバーワン。
「ちゃんと髪を乾かしたのか?」
キョーコが決死の覚悟でドアを開けると、その音を耳にしたカインがベッドの中から声を掛けた。
「う、うん。乾かしたわ」
「なら早く寝ろ。明日も早いんだからな」
そう言い置いてごそごそとベッドに潜り込み背を向ける。
用意した夕飯はビール以外手付かずだったが、どんな顔をして蓮を見ればいいのか判らないキョーコは「わかってるわよ」とだけ返事をして、皿をシンクへと運び片付けだした。
とっとと寝てしまおう!
それに見られたって言っても一瞬だし。
こんな貧相なカラダを見た敦賀さんの方が迷惑よね。
でも「お目汚しを」なんてセツは言わないだろうし。
多分、朝には見たことなんて忘れているわ。
食器を片付けながらそう結論づけたキョーコがそっと蓮を伺うと寝入っているようだ。
お疲れよね。
私も今日はほんっとうに疲れたわよ。
寝よう。とっとと寝てしまおう。
決めてキョーコはベッドに潜り込んで灯りを消した。
おやすみ3秒を発揮してクークーと聞こえる寝息に、熟睡していたと思われる男は肺活量検査かと思うような溜息を吐いていた。
どうしてあんな事があって眠れるんだ!?
蓑虫状態の男は長い夜を「絶対、御守りじゃない!!!」とチラつく残像と戦っていた。
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