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 超売れっ子俳優の敦賀蓮がソレを見たのは、午前二時の上がりが三時間ばかり押し、梅雨入りしたというのに雨が降る気配の無い、爽やかな朝日の中を帰宅した部屋の玄関前だった。
 明るい紅茶色の物体は丸くこんもりとしていて、パッと見、なんだか分からなかったが、近寄ってみて初めてソレが猫だと判った。
 判ったはいいが「なんでこんな所に猫が?」という疑問が湧く。
 家猫にしても、隣の住人がいないワンフロア一室の蓮が住まう上層階に入り込む事は難しい。
 どこから猫が来たのか?
 不思議に思いながらも蓮は猫の前にしゃがみ、顔を覗き込んだ。
 猫は眠っていた。
 疲れて途方に暮れたという風で泣きながら眠っていた。
「最上さん?」
 目尻に結んだ透明な玉を拭いながら、蓮の口から彼が好意を寄せる少女の名が滑り落ちた。
 どうしてキョーコの名を出したのか自分でも判らずに、蓮は猫を抱き上げる。
 深みのある紅茶色の体毛に、足先だけ白くなっている靴下猫。だがその白い足先は黒ずんでいた。
「最上さんだろう? どうした?」
 我ながらかなり異常な光景だと思う。
 大真面目に猫に問いかける男の図など、誰かに見られたら不審者確定レベルだ。
他人に見られる心配の無い場所でつくづく良かった。
 蓮は抱き上げた猫を軽く揺すってみる。
(無理か……)
 独りごちてそれから我ながら呆れる。
 何の根拠もなく迷い込んだ猫をキョーコだと信じて疑っていない自分に。これでは子供の頃出会った自分を妖精と信じて疑わない彼女と良い勝負だ。
 多分、最近、声さえ聞けない状態にあるために拾うに拍車が掛かったのだろう。
 取り敢えずは部屋に入ろう。猫を抱いたまま自室前で佇む男は、不審者よりも哀しい存在な気がする。
 そう蓮が思い、ふっと溜め息を吐いて立ち上がりかけた時、猫が身じろいだ。
 ゆっくりと瞼が持ち上がり、数度瞬きした。それから猫の顔が上を向く。
 じっと見つめる蓮と視線が合う。
「もがみ……さん?」
 おそるおそる、と呼びかけた声は小さく掠れていた。
 その呼びかけと、呼びかけてきた相手が蓮と認識した途端、猫の瞳に見る間に涙が盛り上がる。
 ぼたぼたと流れる涙に蓮が焦り動けずにいると、猫が大きく息を吸った。

「てゅ、ちぇ……ちゅるがひゃん!」
 ごもごもと声を出したあと、不明瞭ながら猫が叫ぶと、伸び上がるように蓮にしがみつく。
 透き通る様な声でもう一度、先程よりちゃんと聞こえる声で泣き叫んだ。
「つるがしゃ~ん!」
 わあわあと泣き声を上げる猫姿のキョーコを蓮は落ち着かせる様に撫でる。
「最上さん、だよね?」
「あい」
「取り敢えずは部屋に入るね」
 泣いている猫に向かって言い聞かせると立ち上がり、猫を抱いたまま片手で鍵を取り出すと解錠した。
 猫のキョーコは蓮の胸に押し当てて泣いている。
 その姿は痛々しかった。
 後ろ手にドアを閉め、リビングへと向かう。ソファに落ち着くと、蓮は「最上さん」と呼びかけた。
 キョーコはおずおずと顔を上げる。
「最上さんで間違いないよね」
「あい」
 コクリ、と猫は頷いた。
「どうして猫の姿になってるの?」
「わきゃりましぇん」
 直球の質問はそれしか聞く事がないからだった。
 泣き止みかけた目にまた涙が溜まる。
 蓮は慌ててティッシュを引き抜くと指に巻き付けて涙を吸わせる。
 安心させる様に何度も撫でて、キョーコが話し出すのを待つ。
 内心、何が何やら分からず驚いているのだが、それを面には表さない。日本語を話す猫に直面している蓮よりも、猫になっているキョーコの方が遙かに混乱しているのが分かるからだ。
 やがてキョーコはぽつぽつと話し出した。
 うたた寝をしていて、気がついたらなんだか視界が可笑しい。起き上がっているのに天井は高く、目に入る景色は低いままだった。
 そして姿見に映る猫が目に入った。
 だるまやは居酒屋だ。飲食店で動物を飼うことはない。猫が迷い込んだかと思ったが、そこに移る姿に疑問が浮かぶ。なぜなら、そこにいるのはキョーコでなくてはならない。キョーコは視線を落とした。白い脚が目に入った。掌を目の前にかざす。ピンク色の肉球があった。
 まさか───。
 フラフラと鏡に近付いた。鏡によろよろと近付く猫が移っている。
 鏡に手を伸ばす。冷たいガラスの感触が伝わるが、移っているのは獣の脚だ。
 敦賀さん。
 敦賀さん。敦賀さん。
 携帯電話をトートバッグの中から取り出すが、ボタンが押せない。涙が出てくる。携帯を咥えてバッグへと戻すと今度は取っ手を咥えて押し入れの前までやってくる。猫の力でも襖は開く。バッグを中へ入れ部屋を見渡して洋服が脱ぎ捨てられているのを見つけた。
 慌てて駆け寄ってそれも咥え引き摺って押し入れへと放り込む。
 部屋の電気は壁のスイッチに飛び上がって消した。猫の身体能力はあるらしい、とぼんやりと思った。
 階段を駆け下りる。厨房の灯りがまだ付いていた。
 駅へと走り、人混みに紛れて改札を抜ける。構内アナウンスは終電を告げていた。
 ホームに滑り込んできた電車に紛れ込む。通勤ラッシュまでとは言わないが、かなり混雑した車内。座席の下の僅かな隙間に体を潜り込ませる。何人かが足下にいる猫を不思議そうに見たが、大半はそこに猫がいるなど気付かぬようだった。乗り換え駅で地下鉄へと移動するが、そこで運悪く駅員に見つかった。追いかけられたキョーコは仕方なく外へと出て、そこから蓮のマンションまでひたすら走った。
 やっと辿り着いたマンションは外側の自動ドアは猫でも反応してくれたが内側の自動ドアは認証制でそうはいかない。仕方が無いので狭い空間の隅っこに陣取った。待っていれば誰か帰ってくるだろう。コンビニに買い物にでも行こうと思ったのか中から人が歩いてくる。キョーコはじっと男が通り過ぎるのを待った。内側の自動ドアが閉じかけた瞬間、滑り込んで無人のエントランスを走り抜ける。扉が開いたままのエレベーターに乗り込んみ、取り付けられた手すりに飛び乗ると、障害者用の回数表示ボタンに猫でも手が届いた。蓮の階層を押すと静かにエレベーターの扉は閉じた。
 蓮の部屋の前で玄関チャイムを押そうとするが、さすがに足場もないここでは飛び上がっても届かない。
 蓮を呼んだがニャーニャーとした鳴き声では出てくる気配はない。
 まだ帰って来ていないのかも知れない。よしんば帰って来ていたとしても、リビングも寝室も玄関から遠い。そもそも猫の鳴き声が聞こえる様な安普請でもない。
 どっと疲れが押し寄せてきて、キョーコは座り込んだ。
 蓮に会えたとしてどうしようというのだろうか。
 どこから見ても今のキョーコは猫だ。迷い猫を外に放り出すことはしないだろうが、警察に届けるだろう。そうなれば行き先は保健所だ。
 涙が溢れて止まらない。なんで猫になっているのか、どうして真っ先に思い浮かんだのは蓮だったのか。
 泣いて泣いて、泣きながらキョーコは眠り込んだ。

「それで目が醒めたら敦賀さんがいたんです」
 話しているうちに、キョーコの発音はしっかりとした日本語になっていた。
「なんで猫になったんだろうね」
 一番の疑問はそこだ。
 だがキョーコにしたってそんなことは全く分からない。
 ふるふると首を横に振るキョーコに蓮は「解る訳ないよな」と呟く。
 そして別の疑問を口にした。
「最初は話せなかったのか?」
 キョーコは首を傾げた。
「最初に部屋の前で俺を呼んだとき。鳴き声しか出なかったって」
 そういえば、とキョーコは瞬きした。
「そうです。敦賀さんって呼んだのに、猫の鳴き声でした」
 二人──この場合は一人と一匹、は首を傾げた。
 寝ぼけてないよな、と蓮は自分の頬をつねる。手の感触も抓った感触も痛みもある。
 蓮は猫の頬(とおぼしき場所)をむにっと引っ張る。牙が覗く。本当に猫なんだな、と感心した。
「敦賀ひゃん、痛いでしゅ」
 痛いのか。じゃあこっちも夢じゃないな。
「二人とも痛いなら夢じゃないね」
 言えばキョーコは項垂れた。
 その小さな姿を暫く眺めてから蓮はキョーコを抱えたまま立ち上がった。そのままバスルームへと歩いて行く。
「敦賀さん?」
 訝しげに訊くキョーコに蓮は、取り敢えずは、と言った。
「お風呂にしない?」
「お風呂?」
 うん、と頷くと洗面台に湯を張りだした。
 キョーコは風呂と言われて初めて自分の手をみる。
 白かった筈の足先が薄汚れている。汚れたまま蓮に抱きかかえられていたのだ。
「すみません、私った考え無しに飛びついて!」
 叫ぶキョーコに蓮は「走ってきて大変だったろ」とキョーコの焦りを全く頓着していなかった。
「タオルで拭こうかと思ったけどお湯に浸かる方が最上さん好きだろう。浴槽にお湯を溜めるには時間がかかるし、桶じゃ小さいからこっちの方が良いかと思って。折角の綺麗な色なのに、埃で台無しだよ」と言った。
 この位で大丈夫かな、と呟き、キョーコをシンクの中に下ろそうとした。
「あ、あの、敦賀さん」
 ぐぐーっと抵抗する様にキョーコは手足を伸ばす。
「何?」
「お風呂は好きなのですが、あの、なんだか怖い」
 蓮はまじまじとキョーコを見た。
「……猫って水が苦手っていうよね」
「そうですね………」
「我慢して」
「はい」
 固まったままのキョーコを蓮はシンクに下ろす。
 熱くないかとキョーコに問うと平気だと返事が来る。
「脚の裏とか痛くない?」
 重ねて問いかける。
 アスファルトを走ってきたのだ。どこか怪我をしていても不思議ではない。けれどもそれにもキョーコは平気だと答えた。
 暫くすると落ち着いてきたらしい。
 蓮は浴室からボディソープを取ってくると、シャワーノズルにもなっている蛇口部分を引っ張った。
 耳に水が入らない様に指で押さえてキョーコに湯をかける。ボディソープを手に取り泡立てると猫の足を手に取り洗っていく。
 その様をキョーコは猫の瞳でじっと見つめていた。
 溜まっている水を流してから、猫に付いている泡を流していく。
 タオルでくるんだキョーコとドライヤー、もう一枚タオルを手にリビングへ向かった。
「猫ってドライヤーも嫌いって言うよね」
 言外に我慢してね、と言われた気がしてキョーコは背中がざわざわするドライヤーの音を耐えた。
 毛足が長い猫ではなかったから粗方乾かすと蓮はドライヤーを止めキョーコを予備で持ってきたタオルで包む。 少し待っていて、と云い置いて蓮もバスルームへと消えた。
 キョーコは蓮を見送って、白くなった両手を見る。綺麗になって暖かくて、キョーコはタオルの中で横になる。「敦賀さんの匂いがする……」
 すん、とキョーコは匂いを嗅ぐ。
 ほこほこと暖かくて、蓮の匂いがして安心する。
 キョーコは目を閉じた。
 
 シャワーを浴びた蓮がリビングへと戻ると、タオルの中で寝息を立てる猫姿のキョーコがいた。
 手を伸ばし頭を撫でても目を覚まさない。疲れ切っているのだろう。起こすのも忍びないし、蓮も仕事上がりで疲れていた。タオルごとキョーコを抱き上げ、寝室へと向かう。
 キョーコの身に何が起こっているのか全く解らないが、何を考えるにしても思考力が落ちている。
 目が醒めると元に戻っているといい、ベッドに横になりながら希望を抱く。
 キョーコを抱き寄せると寝ぼけた様に何やら声を出す。「おやすみ、最上さん」
 腕の中の猫に囁くと、キョーコは微かに頷き一度深く息を吸ってから蓮に凭れる様に眠りについた。
『敦賀さんしか思い浮かばなくて』
 何故ここに、と尋ねたときにキョーコが呟いた一言。
 頬が緩まない様にするのが精一杯だった。
 眠って目が醒めてからだ
 蓮も瞼を落とした。
 しかし当然ながら、目が醒めてもキョーコは元に戻っていなかった。
「夢じゃなかったんだな」
「そうですね」
 ベッドの上で一人と一匹は深く溜め息を吐いた。
 それでも蓮は仕事に行かなくては行けない。
「こういう事に詳しい人の心当たりって一人だけなんだよね」
 キョーコは蓮を見上げる。
「マリアちゃん。社長にも話を通しておかないと」
「そうですね! マリアちゃんなら何か知っているかもしれません」
 キョーコは目を輝かせる。
 猫の頭に手を置いて蓮はくしゃりと撫でて、ベッドから降りる。
 顔を洗い、身支度を調える蓮をキョーコはリビングで待っていた。

 コーヒーしか口にしない蓮をキョーコが叱っていると、玄関のチャイムが鳴った。
「社さんだと」と蓮はキョーコを抱えて玄関へと向かった。
「おはよう、蓮」
 ドアを開けると社が立っていた。
 いつも通りの朝の挨拶をして、蓮が抱える猫に目を留めた。
「お前、猫なんていつ飼ったんだよ。昨日はいなかったよな。帰って来たのは今朝だし。どうしたんだ、それ」 不思議そうな社が猫を覗き込む。
「変わった毛色だな。オレンジって見たことないな」
「おはようございます、社さん」
 靴下履いてるのかーと前足を手に取ろうとした社に挨拶が掛かる。
「え?………」
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[2014/08/15 00:27] | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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