もしも蓮が動画を見ちゃったら? アナタはどう取り繕いますか?「いやぁ~ん。かっわいい~~~~。これってアレでしょ、猫鍋!」
「そうなの。試しに置いてみたら入ったの~」
「いいな~。ウチのも入らないかなぁ」
社は聞こえてきた内容に足を止めた。
声の主はスタッフらしかった。
「楽しそうだね。どうしたの?」
「あ、社さん。すみません、五月蝿かったですか?」
「平気。スタジオには聞こえないよ。それよりさ、猫鍋って?」
「これです。見て下さい、うちの子なんです」
「もう、すごく可愛いんですよ」
見て下さい、と差し出されたのは携帯。
社の特異体質を知るスタッフは再生ボタンを押して画面を彼に向けた。
そこには一人用土鍋に収まって眠る猫の姿があった。
「へぇ。入ったんだ。すごいね」
素直に感想を述べる社にスタッフも満足げである。
「美人だねえ。ん? もしかしてオスかな?」
「え? 分かります?」
「アタリ? 何となくね。それにこういう所に収まるのってオスが多いし」
「社さん、詳しいですね~。もしかして猫飼ってます?」
猫鍋動画を見せたスタッフが尋ねる横でもう一人のスタッフが「あれ、社さんって犬好きなんじゃ?」と首をかしげていた。
「実家で買ってるんだ。家族が猫好きでね。アキって名前の猫は3代目なんだよ」
「へぇ。そうなんだぁ。詳しいわけですね」
「このコ、名前なんていうの?」
「ユーリです。でも背中の模様が猪みたいだったからウリ坊って呼んでたら、そっちが定着しちゃいました」
「そういうのあるよね」
三人揃って笑いあった。
「そうだ。これ、実家から送ってきたんだけどさ───」
ふと思いついて社は自身の携帯を取り出す。先ほど動画を見るために手袋は着用済みだ。
「え!? やだ、カワイイ! 猫パンチー」
「きゃあ、本当だ。猫パンチで倒した後もやる気ですね~」
「この子ってオスですか?」
「いや、それがさ、メスなんだけどやんちゃらしくて。棚や箪笥から飛び降りるわ、猫パンチは繰り出すわ。しかも倒した相手にも容赦なし」
「名前なんていうんですか?」
「茶々。茶トラだからってのが理由なんだけど、名前が悪かったのかこの子の前に来たオスよりも強いらしいんだよね」
「や~ん、茶々カワイイ。社さん、もう一度見せてもらっていいですか?」
「構わないよ」
「ほんっとカワイイ」
可愛い可愛いと褒められてご満悦の社の元に、収録を終え控え室に戻る途中の担当俳優が通りかかった。
ドアを開けっ放しで盛り上がっているのだから蓮でなくても立ち止まっただろう。
猫談義というより猫自慢に花が咲いている三人に蓮は近づく。
「楽しそうですね。何の話をしているんですか?」
珍しく仕事熱心なマネージャーのはしゃぎっぷりに蓮はそう話しかけた。
「あ、蓮! 撮り、終わったのか? 悪い、付いてなくて」
「構いませんよ。30分休憩だそうです。それでどうしたんですか?」
尋ねる蓮に猫鍋のスタッフが返事をする。
「敦賀さんも良かったら観て下さい。ウチの子の猫鍋と社家新顔ちゃんの猫パンチ! 猫パンチがすっごく可愛いんですよ」
「私のレジ袋ダイビングも良かったら~」
自慢げに差し出す携帯に「猫鍋?」と人の良さそうな笑みを浮かべる俳優、敦賀蓮。
彼が一番見入っていたのは社の動画だが、浮かれていたマネージャーはその僅かな変化にこれっぽっちも気づかなかった。
「へぇ。かわいいですね。この、猫鍋? これって自分で入るんですか?」
蓮は「自慢をしたくなるような」問いを発し自然に世間話を展開した後、面白い物を見せてもらってありがとうございます、と会話を切り上げた。
楽屋に入ると蓮は社に「さっきの動画、もう一度見せてもらってもいいですか」と頼んだ。
社は珍しいことがあるものだと「ウチの茶々の猫パンチにやられたかぁ? でも茶々はやらないからな!」と返す。
「そんなんじゃありませんけど、ちょっともう一度みたいと思って……」
濁す蓮に携帯を渡すと「コーヒー買ってくるな」と楽屋を後にした。
蓮の瞳がすっと細められた事に社は気付くことはなかった。
「れーん、お待たせ」
のほほんとコーヒーを差し出す社に蓮は「すみません」と礼を述べて受け取る。
「なんだ、まだ観てるのか? お前、もしかしてネコ飼いたいとか? 犬より手がかからないからって俺らには向かないぞ。ペット・シッターを雇うにしても雇い主がお前だなんて知られたら騒ぎになるし。あ、もしかしてキョーコちゃんに頼もうとか思ってるのかぁ?」
ぐ~ふ~ふ~、とからかいモードに突入しそうな社に「そんなんじゃありませんよ」と蓮は携帯を見つめたまま返事をする。
沈黙が降りた。
「れ、蓮? ……どうかしたのか?」
社を見上げた蓮は輝くような笑顔を浮かべていた。
(こ、この笑顔は~~~~~~)
「いえ。コレ、かわいいなと思っただけですけど。どうかしたんですか社さん?」
(どうしたもこうしたも、オマエ。怒ってるだろう! その顔は!)
「これ、実家から送ってきたんですよね?」
にこやかに質問されて社は必死で首を振った。それはもう、張子の虎かと思うくらい激しく上下した。
「そう。実家ですか………」
(だからナニ~~~~~~~?)
笑顔は輝いている。
例えソレが「大魔王」と「嘘くさい笑顔」を足して二で割った、知ってる人は知ってる「地雷アリマス」の笑顔だとしても、輝いている事に間違いはない。
(なに? 俺ってば何かした? コイツの地雷原ってドコ?)
怯える社に蓮は微笑みかけた。
「社さん」
「は、はひぃぃぃぃ!」
「可愛いですね、コレ?」
「そ、そうですか? (なに? 文字通り猫鍋にして喰おうっていうのか? 猫はマズイって言うぞ。や、チガウ! ウチの子に何の文句があるんだ?)」
「ええ。可愛いですよ。おてんばな猫ですね」
(ナナナナナナなにが言いたいんだ?)
「こんなに可愛いんだから自慢したくなりますよね」
(だだだだだだダカラなにが言いたいんだ?)
に───っこり。
ヒィィィィィ!
「社さん?」
(なんでございましょう敦賀様)
「このぬいぐるみ………」
(ぬいぐるみ?)
「最上さんからのバースディ・プレゼントですよねぇぇぇぇぇ」
(ああああああああああ!!! 闇の国ぃぃぃぃぃ!!!)
(地雷はソレぇ? いや、待て俺! 落ち着け俺! いくらキョーコちゃんのぬいぐるみが精巧でも、携帯の動画に映ったぬいぐるみがキョーコちゃんからのプレゼントかどうかなんて分からない筈だ!)
「れ、蓮? その動画は実家から送ってきたヤツ、でだな、同じドーベルマン───」
「社さん?」
ニッコリ。
ドキッ!
「このドーベルマンの首輪」
(首輪がどうかしたか?)
「緑のベルベットに付けられたハートの飾りも、最上さんお手製クレイ・シルバーでしたよねぇ」
確か裏には社さんの誕生日をいれてくれてましたねぇ、と(見た目)春の日差しのように柔らかな笑顔を浮かべて呟く蓮。
(なんで分かるんだ? オマエの瞳は目に映った物を拡大できる機能でも付いているのか?)
「説明、してくれますよね?」
「や、あの、れ、蓮?」
「……………最上さんからのプレゼントが迷惑だったとか」
「滅相もございません!」
「気に入らなかった、とか」
「とんでもございません」
「では、何故、実家で猫パンチをおみまいされる事になっているんですか?」
「…………………」
「社さん?」
「あ、の、その」
オマエのその笑顔がチョー怖ぇ!
誰か助けてぇぇぇ。
キョーコちゃぁぁぁぁん、おにーさんが浅はかでした。バカでした。浮かれポンチでした。
だからお願い! 助けに来てぇぇぇ。
そんな社の心の叫びは届かず、蓮は笑顔のままだ。
「ほ………」
「ほ?」
「ほんの出来心だったんです! 助けて下さい敦賀様ぁああああ」 断末魔の叫びが部屋に響き渡った。
「はっ。……ゆ、夢? ホントにゆめ?」
飛び起きた社は荒い息を吐きながら辺りを見回した。
楽屋ではなく自分の部屋。
カーテンの隙間から見える空はまだ薄暗い。
時刻を確認して大きく息を吐くとのろのろとベッドを這い降りた。
「怖い。なんて夢だよ」
キッチンへ行き水を飲んで再び息を吐く。
シンクに置いてある空き缶を確認してリビングに向かう。
手が震えているが何とかゴム手袋を装着し携帯を操作する。
メールをチェックし、送られた動画を確認する。
最後まで見てから社は「母さんごめん」と呟いてそれを消去した。
偶然が重なって「闇の国の蓮さん」を召喚するのはごめんだった。
「夢で良かった」
怖かった、本当に怖かったよ、と社は夢だった事のありがたさを噛み締めてバスルームへと向かった。
「え~っと、今日は富士のスタジオでぇ~」
シャワーを浴びてスッキリした社は気分一転、本日の予定を思い浮かべながら目玉焼きを作っていた。
「おはようございます」
にこやかな笑顔を浮かべる俳優と爽やかな笑顔のマネージャーは富士のスタジオへ入り挨拶する。
スタッフに挨拶をしてメイクルームへ向かおうか、と言う時、ふと目に入ったのは共演女優と女性スタッフが集まっている一角。
何気なく「先に挨拶済ましてしまおう」という軽い気持ちでその一団に足を向けた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
蓮が挨拶すると女性陣は満面の笑みで挨拶が返ってくる。
「皆さん、楽しそうですね。何をご覧になってるんですか?」
相変わらず蓮は紳士だねえ、と感心する社だったが。
「コレですか? 投稿動画サイトなんですけれど、ここにすごく可愛いネコの画像があるんです」
「すっごくかわいいの。ちょっと敦賀君も見てみない」
コレコレコレ、と女優がパソコンを蓮に向ける。
(そ、それって……も、もしかして?)
蓮の後ろから画面を覗いた社は背中を嫌な汗が滑り落ちるのを感じた。
そんな社の心中お構いなしに女優は再生をクリックする。
(あ、あああああああ、そ、それぇぇぇぇぇ)
いつか見た。
昨日見た。
夢に出た!
そして慌てて消し去った画像がどうしてココに?
(動画投稿なんて高等技術、誰が教えたんだよ。イヤイヤイヤ、その前に、気付きませんように。気付きませんように。気付きませんように。魔王様が出ませんように)
「へえ。かわいいですね」
「でしょう? 猫パンチも可愛いけれど倒した後でもやる気満々な姿がかわいいのよね」
気付いてない!
蓮の様子に社はほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ今日はよろしくお願いします」
会釈して蓮はその場を後にする。
楽屋に荷物を置くと蓮は「メイクに行ってきますね」と社に告げて部屋を後にしようとした。
「そうだ、社さん?」
ドアを開けながら蓮が振り返る。
「なんだ?」
「いつから猫を飼ったんですか?」
「は? 猫?」
「ええ」
「猫は飼ってないぞ。それは……」
「ああ、実家ですか」
「……あ、ああ。それがどうかしたか?」
「本当に猫は飼ってませんね?」
「だから、飼ってないって。ペット禁止だし…な……」
わ、笑ってる?
「最上さんからのバースディ・プレゼントを実家に送った理由」
え?
「キッチリ説明してもらいますから、帰るまでには言う事をまとめておいて下さいね」
はい?
「俺が分からないとでも思ったんですか」
キュラキュラとした笑顔で蓮はトドメを指して楽屋を出て行った。
残されたのは呆然とする男が一人。
「なんで分かったんだ? 正夢? 正夢!?」
呟く自分の声に、今度は一気に血の気が引く。
笑う膝を叱咤して何とかソファにたどり着くと、置いていた鞄から手術用のゴム手袋を装着して携帯を取り出しとある番号をコールした。
「あ、キョーコちゃん! 今いい? 俺のお願い聞いてくれる? 聞いてくれたらキョーコちゃんのお願いは何でも聞いてあげる。キョーコちゃん、一生のお願い! 俺を助けて! ───え? ホント! あのさ、今日の仕事は? ラブミー部の雑用? 俺から椹さんに連絡入れるからさ。え? あ、そうそうそう! 蓮がさ、また食べないんだよぉ───」
大魔王様が帰還する前に救世主を召喚しようと躍起になる社の姿がそこにはあった。
その頃、メイク中の大魔王様はというと───。
「どうしたの、敦賀君。いい事でもあった?」
「え?」
「すごく楽しそうよ」
「そうですか?」
「そうよ」
「そうですね。あるとしたらこれから、かな?」
蓮は口元に笑みを刷いてそう呟いたのだった。
La fin
意外と長くなりました。こんなハズではなかったのに。
ともこむさんのコメントの「ゆーつーぶ」が面白くて「もしも動画を見ちゃったら?」と浮かんだネタです。
夢オチはやるとクセになるで危険なのですが、安直でもいいや、と夢オチしたハズが魔王様が出張ってきて………正夢になりました。
楽しんでいただけると嬉しいな。
そしてヤッシーの明日に思わず合掌してしまいます。強く生きてね、ヤッシー。
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